国際結婚・離婚

シンガポールで国際結婚【別居から離婚まで】


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住居問題

シンガポールの文化、というかこれは中華系の文化なんでしょうか。この国では一人暮らしという文化が浸透していません。単身者は結婚するまで両親の家に住み、結婚してからは男性が両親と同居することがデフォ。元夫は末っ子で唯一の男の子。将来両親と同居することは彼の脳内で昔からインプットされていました。

彼は兄弟の中でも叩き上げで事業に成功した唯一の息子であり、独身時代から両親へお金を渡していました。それ自体は親孝行息子で良かったのですが、結婚後「そろそろ面倒を見るから同居したい」と言われました。それは彼の文化ですし、中華系の妻としての覚悟で承諾しました。

義両親とのコミュニケーション

義両親は英語が話せません。シンガポールは面白い国で、世代によって教育方針が違います。元夫の時代は第一言語が英語であり教育も全て英語で行われていましたが、義両親の時代はマレーシアのように中華系の人たちは中華学校に通っていました。そこでは中国語で授業が行われており、英語は大学などに行く一部のエリートのみの言語だったのです。よって英語で意思疎通ができず苦労しました。

義両親との関係

元々私たちの結婚はよく思われていませんでした。第二次世界大戦中、シンガポールは日本軍に一時期占領されていた時代があります。中華系だけを狙った大規模な虐殺もここで起きました。特に高齢世代では「日本人は悪」という教育がなされており、最初は良い顔をされませんでした。しかし元夫は家族の中でも唯一の成功者だからなのか、義両親は息子の言いなり。仕方なく承諾したと聞きました。その理由もあるからなのか、変によそよそしかったですし、そもそも意思疎通ができないので、いつも何か伝えるときは元夫を通じて。そういうぎこちない関係で同居生活をスタートさせたのです。

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キッチン使用禁止や騒音問題

同居がスタートした瞬間、私はキッチンの立ち入りを禁止されました。理由は宗教上の問題。彼の家族は仏教徒で、牛肉がタブー。牛肉製品は家に入れないと言いましたが、

「あなたは日本から食料品を持ち帰る。何に牛肉製品が入っているか分からないから信用できない」

との事でした。

元夫はそれを容認し、私はまず料理をすることができなくなりました。それからカラオケ大音量、親戚や友人を招待しまくり私は騒音に悩まされることになりました。

私は元々大学卒業してから一人暮らしをしてきたので、家をシェアすること自体に慣れていなかったのか、ストレスが溜まりに溜まり、限界まできてしまいました。遂に身体に不調をきたし、慢性的な不眠症に悩まされるように。

サンドイッチ世代

元夫自体は素晴らしい人でしたが、義両親に対して強く出られない性格。私にはとにかく「耐えろ」「古い人だからしょうがない」などと言うだけで、意見は無視されました。

彼はシンガポールで言うサンドイッチ世代。両親世代はシンガポールが発展途上国の時に稼いできた人たちなので、あまり貯金がなくCPF(日本で言う年金)の額も昔の価値のままの貨幣価値で貯金してきたので、現在使っていくには足りないんです。だからシンガポールでは殆どの子供たちが両親にお金を渡しています。それに加えて彼らの子供にもお金がかかるので、両方に支払い続ける。だからサンドイッチ世代と呼ばれるそうです。

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バンコクで再就職

私は結婚をしてもこのような状況になることを分かっていたはずなのに、いざ結婚してみると「私たちが育った環境と何か違う」という方向に。

ちょうど友人がバンコクにある航空会社の募集を見つけてくれて、私に合うかもしれないという理由で紹介してくれました。ちょうど日本で一時帰国しており、そのタイミングで何も準備をせずダメ元で面接を受けたら一度で受かってしまったのです。もうこれは何かのお告げなのかな、と思い、単身バンコクへ行くことを決意しました。

もちろん元夫はそれを許さず、家出同然でした。そしてしばらく別居生活が続いたのです。

シンガポールに帰還

それから1年が経った頃、元夫から提案がありました。義両親と別居するから戻ってこないか」。疑心暗鬼でしたが、もう一回やり直してみるチャンスかもしれないと思い、帰星することを決意。バンコクでのCAでの経験を元にシンガポールの航空会社に転職しました。

しかしいざ帰星しても、彼は一向に義両親との別居に関して動こうともしませんでした。(するする詐欺)関係を修復しようとネパールやタイへ旅行に行ってみましたが、もう彼への愛情は薄れていたのです。

別居へ

もう彼と一緒にやっていくのは無理だと思い、家を出ることに。空港の近くに部屋を借り、彼が仕事に行っている間に出来る限りの荷物をまとめて家を出ました。義両親に怪しまれるといけなかったので、フライトにいくたび徐々に荷物を運び入れながら。

彼はやり直したいと何度も迫ってきましたが、もう遅かったです。7年も一緒にいたので、情があり離れるのはとても辛かったです。

「彼と一緒にいると自分が自分ででいることができない」

と気づいたので、別れることを決意しました。彼は浮気癖、キャリア、ギャンブル、お酒、暴力などの問題はなく、将来子供を育てていくにも申し分ない人でした。彼の7年間を奪ってしまったので、とても悪いことをしてしまった。しかし私は幸せになれない環境で自分の人生を彼に捧げることはできなかったのです。

離婚手続き

シンガポールでは日本のように離婚届一枚で離婚ができません。弁護士を雇って法廷で許可を得てから正式に離婚ができます。

法律事務所で無料相談

まず私は検索サイトで上位に出てきた法律事務所に連絡をとってみました。評判が良く、料金も分かりやすく明示してあったのでここに決めました。

私たちの場合、

・共有財産なし

・子供なし

・夫が月々のメンテナンスを支払う

との合意で離婚を進めました。メンテナンスがなければ弁護士費用が安く済んだのですが、彼は私が結婚前と同じ生活ができるようメンテナンスは支払いたいと言ってきたのです。メンテナンスとは、月々元結婚相手に結婚当時と同じレベルの生活を保障するために支払われるお金です。

そして弁護士がInterim Judgementのために書類を作成し、内容に承諾すれば正式書類を裁判所に提出。3ヶ月後に正式に離婚が成立したとの書類が届きました。全てかかった日数は大体6ヶ月。これは元夫がなかなか離婚に応じず、途中数ヶ月くらい音信不通になったからです。大体平均で4−5ヶ月で成立すると聞きます。

離婚してから

離婚が成立してからも私はこちらに仕事があるのでシンガポールに住み続けていますが、結婚スキームで取得した永住権は、子供がいない場合5年後に行う再入国許可の更新が却下される場合もあると聞きます。CPF(中央積立基金。日本でいう年金のようなもの)払い続ければ更新できると聞きますが、真偽のほどは不明。

離婚してからは元夫と全く連絡を取っていません。まだ結婚していた時の家の場所の近くに住んでいるので、周りは彼との思い出の場所ばかりで辛いです。フライトがあったときは、月の半分は日本に滞在していたのでシンガポールにいるときはなるべく外出しないよう、休日は家で過ごしていました。

離婚するときは、自分の生活が全て変わってしまい、一人になる恐怖が常について回りましたが、それより自分らしく生きることを選択しました。今でもまだ彼のことを思い出すと辛いです。これは一生続く思いであり、墓場に持っていく覚悟くらいのものと認識しています。しかしいつまで経っても過去にばかり固執していてはいけません。今が前に進む時なのです。

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